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『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』(森下典子)の感想・書評

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基本情報

書名:前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って(単行本『デジデリオ』改題)

著者:森下典子

解説:いとうせいこう

出版社:光文社(知恵の森文庫)
ジャンル:ルポ、エッセイ
刊行年:2006
ページ数:306
本体価格:667円
 

評価

面白い(★★★1/2)
 

感想・書評

自分の前世を追う異色のルポ

歴史の勉強をしていて妙に親近感を感じる人物と出会い、「自分の前世はこの人なのではないか」と思ったことがあるかもしれない。あるいは初めて訪れた場所で「ここには以前も来たことがある」と感じた経験があるかもしれない。いずれにしても、前世と結びつけて考えるというのは、10代の妄想であるのが普通だ。
 
本書は、雑誌のライターである著者が「人の前世が見える」という人物に取材をした際、自分の前世を見てもらうところから始まるノンフィクションである。そこで「あなたの前世はルネサンス期に活躍したデジデリオという美貌の青年彫刻家です」と言われ、記事にするために資料を探してみると、その予言めいた話がよく当たっている。
デジデリオという人物は、一般には詳細を知るのは難しい人物でもあり、「ひょっとすると本当に見えているのではないか」と著者は思い始め、疑いながらも面白さが勝り、「自分の前世探し」にのめり込んでいく。
 

かつての妄想の先を見せてくれる

恥ずかしながら、私も歴史上の人物が自分の前世かもしれない、と子供の頃に考えていた。大人になるにつれてそんな考えは消えていったが、本書はその続きを見せてくれるような感覚だ。
ここでは予言者が行動のきっかけになっているが、イタリアに渡ってデジデリオを追っていくと、予言の裏付けがどんどん取れていき、彼にまつわることが偶然判明したりもする。生まれる前の自分を暴いていく、奇妙なミステリーと化している。
 
少し補足しておくと、本書に宗教的な要素はほとんどない。あくまでルポであるので、スピリチュアルな話は一切ない。唯一あるのは、「信じられないが、前世(輪廻転生)はあるかもしれない」という取材上の約束事だけである。

 

ルネサンスの時代が生き生きと描かれる

いとうせいこう氏が優れた解説を書いているが、ルポルタージュでありながら著者の思い入れが強く出ており、それがルネサンス時代の人々を生き生きと描写している、との指摘がある。良質なテレビドキュメンタリーを見ているようで、画集や歴史の本では得られない感覚だ。
自分の前世を追いかけようなどという行為は、感情的になっていなければできないだろう。しかし、著者はなるべく冷静に書くことを心がけていて、そのバランスがいい。
 

本気の大人は怖い

子供の頃になんとなく思うようなことを、大人の分別と力を持ったライターが突き詰めた本、ということもできそうだ。解説では(読者もふと前世を考えてしまうので)「書物の世界が現実を侵すという最良の出来事を起こす」と書かれている。
しかしそれ以前に著者その人が、「本気で夢と現実を行ったり来たりする」という、なんともいえない面白さと怖さの間にいるところが、本書の魅力だと思う。