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『タックスヘイヴン』(橘玲)の感想・書評

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基本情報

書名:タックスヘイヴン

著者:橘玲

出版社:幻冬舎幻冬舎文庫

ジャンル:経済小説、ミステリー

刊行年:2016(単行本は2014年)

ページ数:526

本体価格:770円

 

評価

面白い(★★★)

 

感想・書評

パナマ文書の報道にあわせて文庫化

パナマ文書で話題のタックスヘイヴンを題材にしたフィクション。著者は『マネー・ロンダリング』でデビューした元宝島社の編集者。経済分野の著作が多い。

 

主人公は古波蔵佐(こばくら・たすく)という変わった名前の人物(変換できたので、実在する苗字なんだろう)。彼はかつて外資系銀行で、プライベートバンキングと呼ばれる富裕層向けの営業をしていた。富裕層が強い関心を持つものといえば節税である。銀行員時代にさまざまなグレーな手法を身につけ、会社の日本法人撤退を機にフリーのプライベートバンカーとなった。つまり、脱税方法やマネーロンダリングを指南する反社会的な人になったということである。

 

主に2人の視点で描かれる。1人は古波蔵、もう1人は牧島彗という古波蔵の高校時代の同級生だ。彼は大手電機メーカを辞めた後、しがない翻訳家になっている。

もう1人、桐衣紫帆という同級生が出てくる。彼女の夫(やはりプライベートバンカー)が不審な死を遂げたことから、登場人物たちが大きな陰謀に飲まれていく、というストーリーが展開されていく。

 

タックスヘイヴンに対する立場の違い

本書の主人公は反社会的立場なので、タックスヘイヴンそのものは悪く描かれていない印象を受ける。古波蔵をはじめ、タックスヘイヴンという仕組みを利用して、企業経営者などをだまし、金儲けする金融関係者が悪い人物として登場する。

同じ穴のムジナといってしまえばそれまでだが、主人公は「相対的に正義」なダークヒーローとして差別化されている。

ストーリーを盛り上げそうな役柄はだいたい出てくる。ダークヒーローと小市民の共闘、不遇のヒロイン、警察、外務省、政界の大物(小沢一郎がモデルだろう)、武闘派ヤクザ、韓国人フィクサーなど。それぞれのキャラクターづくりもうまく、作者のサービス精神が形になっていると思う。

 

日本、韓国、シンガポール

主な舞台は日本とシンガポールである。序盤には韓国も日本の裏社会と密接なつながりがある拠点として登場する(日本の裏社会における韓国の影響というのは半ば公然だが、調べたことがないので、今後何かの本を読んでみたいと思う)。

シンガポールタックスヘイヴンも含めたアジアにおける法人優遇の先端を行く国である。マレーシアの端にある東京よりも小さい島国が、なぜ経済、外交、事件、物語の舞台としてよく現れるのか、本書をきっかけに追ってみるのも面白いかもしれない。結構詳しい街の描写も出てくるので、シンガポールを訪れたことがある人なら別の意味でも楽しめるだろう。

また、当然のようにスイスも鍵を握っている。本書では現実の話として、外交上の圧力からプライベートバンクの秘匿性が失われる法案が通ったことに言及されているが、ゴルゴ13は大丈夫なのだろうか。

 

悪い話は裏切りが面白い

中盤からは、主人公たちの行動が敵に筒抜けになっていることへの疑念が出てくる。誰かが裏切っているのではないか、という展開である。

鉄板の展開といえるが、登場人物たちの役柄といい、王道をいくストーリーは感覚的に理解できるので、経済小説のように舞台が堅いものとは相性がいい。

裏社会がテーマの場合は、「誰が一番悪いのか」を推理をしていくのは絶対に面白い。

 

女性キャラクターの軽さ

少し気になったのは、女性キャラクターの軽さだった。そもそも全体的に、ストーリーのために各キャラクターが軽率な行動を取りがちなのだが、登場する女性たちの扱いが、都合よすぎる気がする。ストーリーというより、男性キャラをよく見せるために行動している感じである。

 

ありそうな悪事は反響が大きいか

この本のタックスヘイヴンは、パナマ文書の報道で聞くそれとは少し異なる。あまりパナマ文書は意識せずに読んだ方が、素直に楽しめる小説だろう。

著者が編集出身だからか、非常にバランスの取れた作品で、買ったことを後悔する人は少ないと思う。まとまりすぎ、のような不満を持つ人はいるかもしれないが。

 

現実の方の話だが、タックスヘイヴンに資産を逃がしている人物があきらかになる報道が大きな注目を集めるのは、「やっぱりやってたか!」という期待があるからだと思う。スノーデンが暴露したNSAの個人情報取得問題もそうかもしれない。

「本は自分の考えを確認して補強するためのもの」と言われることがあるが、ビジネス書やエッセイなどはまさにそうだろう。本はコンテンツ数が充実しているので、フィクションかノンフィクションかに関係なく、「やっぱりね」と感覚を固めていける利点がある。